「さま、あなたにならできます。どうか、この地に新たなる秩序を」
求めないでお願い。
彼の両手はもう塞がってしまっているから。
僕らはこうして
大人になる
「ー!・・・?」
ドンドンとドアがノックされ、開いた扉の隙間から顔を除かせたのはビクトール。彼は部屋の住人ではない者の顔を見て、少しだけ眼を見開いた。
「どうした?話の途中で寝ちまったか?」
「いえ・・・一度に色々あったので、疲れたみたいですね。さっきまでは少しだけ泣いてたようですし」
の頭をそっと優しく撫でながら、僕は涙の痕の残る彼の目を指さした。ビクトールはの顔を覗き込んで苦笑する。
この城の主となるか、を今日は問われた。それを迷っているのだろう。
確かに、この地を造り上げたのはの力だ。そしてまだこの地にはの力が必要なのも事実。
それでも彼は、の真の目的はこの地にとどまることでは叶えられるはずもなく。
だからこそ迷うのだろう。
「いつまでたっても甘ちゃんだな、は・・・だからか守ってやらなきゃ、ていう気持ちになるんだろうがな」
「・・・そう、ですね。でも・・・少しずつ、だけど・・・は成長していますよ」
「そうか?」
「・・・ええ。大切なことですから、すぐに決断してはいけません。悩むのは大人になっている証拠です」
「ふぅむ・・・それもそうか」
ビクトールは顎に生やした無精ひげをじょりじょりと撫でた。
は僕の腰に手を回し、半ば抱きつくかのような形で眠っていた。
泣き疲れたのだと僕は言った。
「もし・・・この地にが残るといったら、お前はどうするんだ?」
「もちろん、残りますよ。を護るためにね」
「それじゃあ、が行くと・・・言ったら?」
「・・・・・・さっきも同じ質問をされましたよ」
僕はそう言うと、悲しそうに笑う。
「がいないのなら、僕がここにいる必要もなくなります」
この言葉を口にするのは、今日2度目。
2度目は今で、1度目はさっき。
は泣き叫ぶように言った。
『僕が・・・っ!・・・僕が、ここに残れば、はずっとそばにいてくれる?』
自分はこの少年のために存在していたのだと、時々ふっと思うことがある。そして自分は誰かに必要としてもらえたのだと安堵する。
物心ついた頃には、自分はいつも独りだった。誰かに、必要とされたかった。
「?大丈夫か?」
「・・・ええ。さっきの質問ですが・・・」
『きみがここを去るのなら、僕はもうここにいる必要のない人間になります』
この言葉を紡いだときの君の表情。目を見開き、唇を震わせ、いつもの血色のいい肌は青ざめていた。
ああ、そして、僕が彼にこんな顔をさせているのだと気付く。
僕は卑怯だ。
こんな言い方をしてしまえば、優しい君はきっと僕を選ぶ。それを知っていて、この言葉を口にするのだから。
『なら、それなら!僕はっ!・・・ここに残る・・・っ!!』
目じりには涙が溜まっていて、でも流れ出さないのは君が必死で堪えているから。震えてかちかちとなる歯を食いしばり、必死で僕を睨み付ける。
『がいない場所になんて、帰って来たくない。帰ってくる理由がない!!』
その言葉が、酷く嬉しかった。
笑っていいような状況じゃないのは解っていたけど、あまりにも嬉しくて、口元が緩んだ。
しかしその笑みは、には嘲笑のように見えたらしい。
『どうして笑うんだよ!僕は・・・っ!』
『僕は?』
遂に流れ出した涙は堰を切ったかのように後から後から流れ出してゆく。君はそんな涙を拭いもせずに、こみ上げる嗚咽を堪えて言った。
『・・・もう・・・っひとりぼっちはいやだよぉっ・・・!』
僕に抱きついて子どものように泣きじゃくるその姿は、出会ったときの君のまま。
辛いのも、悲しいのも、痛いのも、すべて自分の中に押し込めて。
ただ笑って、前を見据えて、仲間の肩をたたく。
いつも元気で走り回って、たくさんの仲間に声をかける。元気に見せていても、本当は苦しんでいたのに。
たった一人の家族である姉を失くし、裏切られた友と剣を交えなくてはならず。
僕は彼の傷はまだ癒えていなかったことを失念していた。
『ごめん、ごめんね・・・いるから。僕は、ここに・・・いるから』
『・・・ずっと?』
『・・・・・・うん。だから君は、自分の好きなようにしていいんだ』
僕の胸に埋めた、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をあげ、は問う。そして僕はそんな彼の顔に苦笑して、軽く顔を拭いてやりながら答えるんだ。
『好きなように?』
『はよくやったよ。だから、これからは自分の思いで動く時だ』
『・・・でも、みんなは・・・』
『みんなが君を頼るのは、君がそれだけ大切にされてるってことだよ』
は何かを思い出したのか、僕の目から視線を逸らし、そっと伏せた。
僕は言葉を続ける。
これはとても大切なこと。一人ぼっちじゃないんだって・・・僕がいなくたってやっていけるってことを知らなくちゃいけない。
君は愛されてるってことを・・・知らなくちゃいけない。
『でもね、・・・そんなみんなの一番の願いは、君が幸せになることなんだ』
『幸せ?』
『そう。君はどうしたい?』
ゆっくりと問いかけてやると彼は真摯な眼差しで僕を見た。
答えは疾うに出ていたのだろう。
それが僕の所為で、僕のために、隠し通そうとしていたんだ。君は本当に優しいから・・・。
『・・・ジョウイのところへ、行かなくちゃ』
の口から出たのは、ハイランドの皇王の名であり、彼の大事な親友の名。
僕は声には出さないまま、しっかりと彼の目を見据えて頷いた。
「――――?」
「あ・・・ええ、僕は・・・」
ビクトールは不思議そうに首をやや傾げ、それでも僕が言おうとする言葉を急かしたりしなかった。は未だ眠っている。僕の腰に手を回したまま。
「が帰ってくるときまで、待ちます。・・・ここで」
「・・・そうか、てことはやっぱり行くんだな、ジョウイのところへ」
ビクトールは目を眇め、大きな口を開けてニカッと微笑んだ。
「・・・ハイランドの皇王を知っているんですか?」
「ん?あぁ・・・まぁな―――辛い、運命を背負っちまったからな、ジョウイも、も。だから、こいつらには権利があるんだ。―――幸せになる、権利がな」
そうですね、と続けようとした言葉は、結局外には出さなかった。ただ、代わりに無垢な顔をして眠る、我らのリーダーの頭を撫でて。
その様子をしばらく見ていたビクトールは、静かに部屋をあとにした。
「・・・おやすみ。明日は忙しくなるから、よく眠るんだよ」
腰に回された手をそっと解き、体を抱えてベッドに横にすると掛け布団をかけて部屋を出た。
明日の君は、もう子どもじゃない。
なにも出来なくて泣くばかりの、あの頃の君じゃない。
愛されていることを知った人間は、どんどん強くなれるから。
君はみんなに、
僕は君に、
愛されているんだと、知ったから。
僕らはこうして、大人になる。
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* postscript
ゲーム上では割と早いこと決断させてしまいましたが、きっと2主は悩んだだろうな。
自分がどれだけ必要とされてるか解らないほど子どもじゃなくて、
それでも誰かのために何かを捨てるという決断が出来る大人でもなくて。
支えがないとまだ歩けない2主が痛々しいけど好きでした。
background:七ツ森
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