目が覚め、ふと横を見ると隣に寝ていた男は外を眺めていた。
いつもとは違う、何かを慈しむような優しい眼で。
この男はいつもそうだ。
皇子に生まれたからこその振る舞いとは到底見えない態度を人前で取り、人を殺め、血を流すことを好むため、いつしか陰では”狂皇子”などという蔑称で呼ばれていた。
もちろん、本人の耳にその名が届かないはずもなく、それを黙認しているところを見ればきっと多少の自覚があるのだろう。
自分が狂っている―――、という。
しかし、起きぬけに見せる男の顔は優しさの裏にいつもどこか寂しげで、夕べに見せた激しいまでの熱情などはきれいさっぱり忘れてしまったかのような顔をする。
初めてその顔を見たときは心底驚いた記憶があるのに、今ではそれが習慣のようになってしまった自分に苦笑をこぼした。
愛などという想いは
初めてこの男――ルカ・ブライトと寝所を共にし、寝も寝られぬ夜を過ごした日の朝は、散々啼かされて声は嗄れ、甘怠いような鈍痛が腰を刺激し、とても身体を起こすことなどできなかったが、今ではそれももう慣れた。
―――いや、慣らされた、と言ったほうが正しいのだろうか。
「なにか面白いものでも見えますか」
「・・・起きたのか」
「ええ、つい先ほど。肌寒さを感じましたので」
隣にいた温もりがなくなったから、と暗に含ませるような言い方をしたのは、この男が自分に求めているものだったからだ。
ルカは父――皇王を非道く憎んでいた。
それは幼き頃に母と別離せねばならなかった裏側に、皇王の存在が深く関わっているからなのだと聞かされたことがあった。
ここまで人間離れした残虐性を垣間見せる男と、幼い頃に受けられなかった母親からの寵愛はきっと何らかの繋がりがあるのだろうと考えたことがある。
男が自分に求めているものは、優しく包んでくれるような母のような存在と、自分にだけ甘えてくる愛玩猫のような存在。
それが解っているからこそ、俺はこんな暮らしをしているのだから。
シーツを身体に巻きながらルカのそばによるとルカは微かに口元を緩ませて笑った。この顔が見れるから、夜にどんな手ひどい扱いを受けようとも俺はそれをすべて受け止めていた。
ルカは黙って俺を抱きかかえるように自分の足の間に座らせると、後ろからグッと太い腕で抱きしめた。
そして俺の肩口に顔を埋めるようにして、しばらくじっとしていた。
「あの子供は使い物になりそうか」
ルカが喋るたびに肩にかかる吐息が、些か擽ったく身を捩じらせると、ルカは俺のその反応に満足したのかいっそう腕に力を込めて抱きしめられた。
「子供?・・・あぁ、ジョウイ・アトレイドですか、あなたの拾ってきた」
「ああそうだ。どうなんだ?」
「俺もまだそんなに話していないのでわかりませんが・・・確かに戦力にはなりそうだ」
ルカは最近、少年を拾ってきた。聞けば少年はあのユニコーン隊の生き残りというではないか。
そして生贄にされた経緯もすべて知っていてついてきているのだとルカは笑いながら言っていたのを思い出した。
歳は17だが、凛とした立ち振る舞いは少年をもっと年上に見せていた。それを話すとルカは「貴族の出だからな」と嘲笑うように顔を歪めた。
強い、強い眼をした少年。
彼はきっと近い将来ルカを食い潰す―――そんな予感が胸の中に沸々と湧き上がっていたが、俺はそれについては口を開かなかった。
「惹かれたか、あの子供に?」
「は?」
なにを言われているのか最初はわからなかったが、自分を抱きしめるルカを見て気付く。もういい歳をした男が、嫉妬しているのだ。それも男が自分で連れてきた少年に。
いつものあの行き過ぎたまでの暴君ぶりと、いまの男のなんと可愛く見えることだろうか。
俺は薄く口元だけで笑うと、ルカは怒ったように腕に力を込めた。
「気に入ってはいますよ。飲み込みも早く、なにより従順だ」
「・・・そうか」
「ルカ様がつれてきた子ですからね、丁重に扱いますよ」
もう何年、この男をそばで見てきただろう。
男自身以上に、俺はこの男のことを知っていた。どう言えば、機嫌を損ねるかも、その機嫌を一瞬にして直す言い方も。すべて。
「」
ルカは俺の名をひとつ呼ぶと、強引に顔を自分のほうに向け、半ば強引に口づけた。
ただ俺はそれに黙って答える。
まだ夕べの情事の所為で乱れたままのベッドの上に俺を寝かせると、上から見下ろしたまま男は何かを思案するように口を開いた。
だが、その口から言葉が飛び出すことはなく、その口は物言わぬまま閉じられた。代わり、とでも言うかのように、その薄い唇を俺の唇に重ねるようにして。
男が俺に求めるものは愛などではない。
その証拠に、男の口から愛を紡ぐ言葉など出てきたことはない。
愛などという想いは、所詮、幸せに満ちた人間の造り上げたくだらない虚像に過ぎないのだから。
しかし、いま確かに俺の腕の中にあるこの男は、存在する証を主張するかのように俺の身体に跡を残した。
俺のものでいろ、とでも言うかのように、紅い紅い跡を。
俺は意識を半分飛ばしながら夢心地で聞いた。髪を梳かれながら、耳元で囁かれる「好きだ、愛している」という、甘い甘い言葉を。
ああ、夢に見るほど俺はこの男が好きなのだと。夢でしか聞くことのできないこの言葉を惜しみながら、意識を完全に手放した。
隣に在る男が、顔を顰めて心より辛そうに顔を歪めて呟いた、真実の愛の言葉を聞きながら。
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* postscript
恥ずかしい・・・えぇ非常に!! 書いてて何度奇声をあげたことか。
主人公は解ってそうで解ってないので、結局ルカ様のが一枚も二枚も上手。
ルカ様はなんていうか芝居がかった人なので、恥ずかしさ5割増し。でも好きなんだよなぁ〜ルカ様。
「ベッドの中の暴君」という言葉を使おうかと思ったのですが、恥ずかしさのあまり断念せざるを得ませんでした・・・
まあベッドだろうがどこだろうが暴君ですしね・・・(遠目)
background:七ツ森
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