外は雨。
この様子では、昨日咲きかけていた外の花はみな、落ちてしまっただろう。
窓辺にたたずむ少年は、静かに息を吐いた。
ため息の理由と笑顔のエレメント
机の上の書類に目を通して、ひとつため息をつき、書類にサインしてはため息をつき、ただぼんやりと目の前の空間を眺めてはため息をつく。
今日は朝から様子がおかしい。
というか、こんな彼は初めて見る。もともと物静かな人だから、大声を上げて笑ったり、怒鳴ったりするほうがおかしいのだけど。
それでも今日はなにかがおかしい。
朝からのため息の数は通算で50を越えている。まだ昼にもなってないというのに。
「ジョウイ?」
「・・・・・・」
「ジョウイ!」
「・・・ああ、すみません、なんですか?」
読んでいた本から顔をあげ、一度目よりは強い調子で彼の名前を呼ぶ。
すると目には光が戻り・・・そう、いわば抜けかけていた魂が戻ってきたかのように彼はこちらを向いた。
「いや、用はないんだけど・・・今日の君はどこかおかしいね」
「・・・そうですか?」
「おまけに自覚もないときた。これは末期症状だよ、今日はもう休んだほうがいいんじゃないのかい?」
「まさか!まだ朝ですよ?」
「そう、まだ朝だね。俺は朝っぱらから鬱陶しいため息なんて聞きたくないんだけどね」
そう言って、再びまた読んでいた本へと視線を戻した。
すると、無理に作った笑みを貼り付けた顔でこちらを見ていた彼は、静かに目を伏せ、小さく息を吐いた。
「・・・ジョウイ」
「ため息じゃないですよ・・・息を吐いただけです」
「なにがそんなに憂鬱なのかな、君には」
「え・・・?」
「”雨だから”というのが理由ではなさそうだからね。聞いてみたんだが」
違ったのかな、とは顔を上げて微笑んだ。
彼―――ジョウイ―――は少し目を見開くと、今度は悲しそうに笑った。
そしてポツリポツリと話し始める。
「・・・幼なじみが、雨の日には元気がなくなるのを思い出して・・・それで」
「へぇ、それで雨を見て連鎖的に思い出したと?」
「そうです、そう」
「そしてそんなことを思い出してしまった自分が嫌になって、自己嫌悪のため息・・・ってところかな?」
「・・・・・・そう、です」
幼なじみを裏切り、傷つけ、自分が憎まれることになっても。彼はその幼なじみを、大切なものを失ってしまわないように自らを犠牲にした。
大切なものを沢山捨て、手に入ったのが狂皇子の信用だけだったとしても。
「幼なじみ、というと同盟軍のリーダー殿かな?」
「・・・」
「体は丈夫そうに見えたけれどね」
戦で見た赤服に黄色のスカーフを巻いた少し色黒な少年を頭に浮かべた。
目は大きく、やはり彼もまた、子どもと呼ばれる年頃であったことを思い出す。
ジョウイは苦笑いを浮かべて、小さく言葉を紡いでいる。
「・・・よく、無理をするんです。辛くても人に話さない性格なので・・・」
「へぇ・・・同い年?」
「いえ。僕より年下でした・・・といっても、彼は正確な年齢が解らない状況で育っていたので、正しくは解りませんが」
「では君は兄貴分といったところだったのかな」
「そう・・・かもしれません」
「では少年のその癖は、きっと君から受け継いだんだろうね」
「・・・え?」
彼の琥珀色の双眸から目を逸らし、ひざに置いた古書に目を向けた。
「君もよく、辛いのを我慢している・・・自覚なし、かい?」
そう言って薄く笑うと、彼も笑った。
ただし、一瞬だけ。
小さく小さく、誰にもばれないよう、自分の中だけで彼は笑う。
なんだ、そんなどこにでもいる人間のような顔もできるんじゃないか。
「きっと、リーダー殿も今頃、雨の日に心配してくれていた友人がいたのを思い出しているだろうね」
「・・・いえ、きっと僕は・・・・・・憎まれて、いるから・・・」
年相応の笑みを摩り替えて、苦笑いを浮かべてジョウイは笑った。
「焦って大人になるなよ、少年。君はまだ子どもなんだから」
「・・・・・・僕がなんのためにこちらに来たのか、ご存知でないわけではないでしょう?」
もちろん、知っているさ。
何かを護るために自分でそれを手放す。でもそれは子どもの理屈だ。
ずる賢い大人は、どちらも手に入る方法を探すから。
ますます君に興味を持ったよ、少年。君の野望のために、僭越ながら協力しようじゃないか。
ただし、ただとはいかないね。
野望が果たせた暁には、ぜひとも君の笑顔を見せてもらうよ。
もちろん、将軍ジョウイとしてのものではなく、少年ジョウイとしてのもの。
は満面の笑みを称えて彼に言う。
「リーダー殿が、雨の日に元気がなかったのはね・・・雨のせいで元気のなくなったジョウイを見たからだよ」
笑え。
明日は嫌でもやってくる。
幼なじみの少年とまた会えるその時まで、君には笑顔の練習が必要だ。
笑え、笑え、笑え。
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* postscript
エレメント=要素、成分などの意味です。
主人公さんは20歳半ばぐらい。参謀格。
受け攻めでいうところのきっと襲い受け(もしくは相当淡白)。
background:七ツ森
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