1人でロイはうろついていた。
用など無い。ただ単に、目的がないので城内をぶらぶらしているだけだ。
(のやつ、なんっか朝から苛々してやがったな)
本当は朝からずっと、怪我をして寝ているリオンの側についていたかったのだが、医務室に居る若い方の医者――である――に追い出されて、特にやることもないのでぶらついているのである。
(あのやろう、医者のくせにあんな愛想悪くてやってけんのかっつーんだ)
の機嫌が悪かったのは、ロイが「なんか機嫌悪いなあんた。生理か?」と宣った所為でもあるのだが、そんなことにロイが気づくわけもなく、まだシルヴァのばーさんの方がマシだぜ、などと洩らして歩いていると、城の入り口でちょうど外から戻ってきた王子一行に出会った。
「おう、王子さん。いま帰ったのか」
「あ、ロイ。ただいま」
王子の抱えている荷物や、パーティの様子からして遠征を終えてきたわけではなさそうだ。
隣町にでも使いに行ってきたのかもしれない。
好都合だ。王子と一緒ならば、医務室にだってらくらく居座れる。
「ああ。それよりさ、帰ったなら医務室行くだろ?おれも連れてってくれよ」
「ごめん、先にルクレティアのところの行かなくちゃいけないんだ」
「っんだよー、王子さんが帰ってきたらリオンに会えると思ったのによぉ」
口を尖らせて文句を言うロイに、王子は眉尻を下げて本当にごめんと謝った。
ロイも本気で責めているわけではない。別に、それならそれで王子が軍師の所から帰ってくるのを待つだけだ。
朝からもうずっと待っているのだから、あと数十分待つだけのこと、なんてことはない。
……と、思っていたのだが。
「ロイさん、医務室に行くんですか?」
「ああ。なんだよシュン、まさか用があるとかか?」
「はい、さんに呼ばれてて」
?なぜそこであいつの名前が出てくるのかまったく解らない。
実は仲が良かったのか?いやでも、こう言っちゃなんだがとシュンが仲良く話をしている所など、想像もつかないのだが。……違うな。が他人と仲良く話をするところ、が想像できないのだ。
「に?」
「はい。いつも王子様と出かけた後は医務室に行くように言われてます」
「……そりゃまた、なんで?」
「さぁ……体の調子とか、怪我した所とか見てもらって帰るんですけど」
「ふぅん。あの超絶無愛想男のがねえ」
おれなら頼まれても行かねえな。いちいち死ぬような怪我でもなし、面倒くせー。あいつよ、おれがリオンに会おうとして医務室に行くと怒鳴るンだぜ。お前が来ると他の患者は治るモンも治らねーとかってすぐに追い出すし……とついでに朝から感じていた愚痴をこぼすと、シュンは心底不思議そうに首をかしげる。
「さんは、優しいですよ」
「はあ?どこがだよ?」
「医者としての腕もいいですし」
「うん、まあ……それは、解るけどよ……って違うだろ!?あいつのどこが優しいってんだよ!?」
「どこが……というより、ロイさんの言うさんって、ちょっと俺には想像つかないんですが」
「なんで!?」
「だって怒鳴られたこともないし、不機嫌な顔も見たことないですよ、俺」
思わず頭を抱えてしゃがみ込んだおれに驚いたのだろう、シュンが慌てて大丈夫ですかと駆け寄る。
大丈夫、大丈夫だけど、大丈夫じゃない。
―――まったくもって不可解だ。訳がわからない。おれだって優しくニッコリ微笑むなど想像もつかない。いや、想像することを脳が拒否する。……この城にはという名前の医者が2人もいるのか? いやでもしかし、以前王子さんの前での愚痴(というより文句だったが)をこぼしたときは、王子さんも苦笑いで「はちょっと気難しい所があるからね」なんて言ってたはず。てことは、だ。例えこの城にという名の医者である青年が2人以上いたとしても、おれがいう無愛想なも存在するということだ。だっておれの知ってるは罵詈雑言を並べ立てるどころかあまつさえ足蹴にしたりするんだからなっ。
「本当に大丈夫ですか。医務室はすぐそこですし、さんに診てもらいます?」
「げっ冗談だろ。それこそ本当に具合が悪くならァ。頼まれたって」
「シュン!帰ってたのか」
やだね、と続けようとしたのに、その声は惜しくも遮られてしまい、音になることはない。
遮ったのはもちろん元凶の男、である。
「さん、ロイさんの具合が悪そうなんですが、診てもらえますか?」
「……ロイが? ああ、了解したよ。ロイ、座って。シュンはこっちだ、腕を見せてごらん」
まるで仔犬の様に駆け寄るシュンの頭を軽く撫で、おれにもシュンにも椅子に座るよう促した。
病人やけが人に分け隔てなく接しているようで、唯一違うのはのやろうがおれには一切目もくれないってことだけだ。
は優しく微笑んでシュンの体を触診し、時折体に怪我を見つけては、眉を顰める。
その作業を数分繰り返し、怪我をする羽目になった経緯を聞き、シュンに軽く注意を促す。
シュンもいちいち心配されるのは気恥ずかしくもあるようだったが、元来素直な性格のため、お小言のようなの言葉にも馬鹿正直に頷いていた。
……これが、あの?目の前で見ているというのに信じられない。あの男が患者に優しく声をかけるどころか、微笑みすら浮かべているなんて。目の前の桃色の風景を目の当たりにして尚、信じられない。
「――よし、これでいいよ」
「ありがとうございました、さん!」
「また様について出かけることがあったら必ずおいで。約束だよ」
「はいっ!それじゃ、俺はもう行きますけど……ロイさんはどうします?」
「え、あぁ……おれはもうちょっといるわ。に診てもらいたいところあるしな」
「そうですか、それじゃお先に」
にこにこと手を振りながら出て行くシュンに、片手をあげて応えると、ドアが閉まると共におれはに向き直った。
そこには先ほどの桃色の空気はどこへやら、いつもの、おれが見たことのある超絶無愛想なが黙々と薬品棚を片付けていた。
「用が済んだならさっさと出て行け。邪魔だ」
「……ひでーな、まるっきり別人じゃねえか。いつもああなら俺だって態度を改めてやんのによ」
「結構だ」
「しかもなんだよさっきの笑顔は!おれにはにこりともしたことねえくせに。詐欺だ!」
「……なんだお前、おれに笑ってほしいのか。100年早いな、顔洗って出直してこい」
――んだとッ、人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって!
憎たらしいこの男に向かって今以上ない悪口雑言を浴びせてやろうと目を合わして睨み付け、
ドキリとした。
声が、出ない。
開いた口から飛び出たのは言葉ですらなく、ただ、情けなくもかすかに空気が流れ出た。
別に、本当にの笑顔が見たかったわけでも、自分に優しくしてほしかったわけでもない。
ただ、今までの様子から、がシュンに好意を抱いていることなど一目瞭然で、それについてからかってやることが出来さえすればそれで良かったのだ。
それで多少は慌てるが見られるなら、溜飲は下がる。
なのに。
頬が熱い。心臓がうるさい。
おれは確かに観たのだ。
あの無愛想極まりないこの男が、確かに、笑っている。
「悪いが、あいつ以外に振りまく愛想など、生憎持ち合わせていないんでね」
目を伏せ、唇の端だけを引き上げた皮肉っぽい笑いかたではあったが。
それはもう、幸せそうに笑うので。おれは黙って顔をそむけた。
悔しいので絶対認めたくはないのだが、あの笑顔が自分のために向けられるのなら、それ以上の幸せなんてないのにと、確かに一瞬、思ってしまった自分がいることを。
君だけが知る、優しさで。
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(07/12/11)ロイ→主人公→シュンな、変なお話。
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