花は桜木、人は武士。
潔く生きて、潔く散りゆく。
その言葉を言い出したのは誰であったか。
そう、ありたいと自分で願う間に、
それが俺の生き様を表す言葉となっていた。
あの桜の木の下で永遠に
「俺はあんまり好きじゃないですね。」
日も落ちて、薄暗い夕闇の中、雪のように降りそそぐ花吹雪をかいくぐり、二人連なって歩いていると、自分より二、三歩下がって歩く少年が、ポツリと呟いた。
何が、と問おうとしてやめた。きっと彼が思っている言葉と、自分の中で浮かんでいた言葉が一緒だと直感的に思ったからだ。
『花は桜木、人は武士』
自分もいま、同じ言葉を思い浮かべたところだった。
「・・・どうしてだ?」
声が少しだけ沈んでしまったのは、自分の好きな言葉であるそれが、ひどく貶されたように感じたからだろう。
勝手なものであるが、その類の否定の言葉は常日頃から自分がよく口にするものなのに、やはり自分が言うのと他人が言うのとでは同じ言葉であってもどこか違うらしい。
そんな人間の浅ましい部分は、自分の中には存在しないと思っていたのに、と少し悔しくなって唇を噛んだ。
「ああ、いえ、お好きでしたら申し訳ないことを言いました。」
「いや・・・いいんだ。それより何故?」
「え?」
態とではないのだろうが、この言葉の駆け引きが妙にもどかしく感じる。
いつになく興奮した自分に気づいて、少し冷静さを取り戻そうとしてみるのだが。
どうしてこんなに焦っているのか、自分でも解らない。
「なぜ、嫌いなんだ?」
「ああ・・・いえ、嫌いというわけじゃないんですがね。桜はあとに残るでしょう?」
可笑しなことを言う少年だ、と近藤は思った。
花は桜木、人は武士。どちらも散り様が見事なため、花は桜で、人は武士のようであれ・・・という、たとえではないか。
潔く散って、残るのは緑葉のみだというのに。
「花吹雪は見事なんですがねぇ。」
「他に・・・まだなにかあるのか?」
は近藤の肩についた一枚の花びらを指でつまみながらそう言った。
桃色の花が散って、緑の葉が繁り、見事な茶色に変わったあとにすべて散り行く。
そんな鮮やかな変化を見せて我々を楽しませてくれる桜の、一体何が不満だと彼はいうのか。
「散ったあとに未練たらしく地にへばりついて、踏みつけられて、にじられて、やっと砕け散る。」
は微笑みながら、桜について語りだす。口元は笑っているが、眼はどこか他所を見ていた。ここではなく、どこかを。
その悲しい表情に、近藤は目を惹かれた。
たった数歩の距離である。
しかし近藤の目に映ったは、手を伸ばしても、声を張り上げても、掴めない声の届かない遠くにいる。
このままが、消えてしまうような気さえした。
―――桜吹雪に巻かれて、どこか遠くへ。
「っ・・・!」
「・・・はい?」
たった一歩踏み出しただけだというのにこの疲労感。
近藤はじわりといやな汗が背中ににじむのを感じた。
しかし、いま彼は、自分の手の中に。逃げずにいるではないか。
「・・・踏みつけられても、にじられても、俺は消えない。」
混乱しているわけではなかった。自分でも可笑しいことを口走っていることは解っている。
・・・それでも、ただ、その一言が伝えたかった。
一瞬の間ではあるが、いつも冷静なが眼を見開いた。
そして近藤の言葉の意を理解したのか、薄く、柔らかく微笑んだ。
「―――あなたは桜じゃありませんからね、そんな風に生きてもらっては困ります。」
それはどういう意味だ、と問おうと、掴んだ彼の手を放した。
「俺は――いえ、俺たちは。あなたのために潔く散りゆく覚悟ができています。踏み躙られても、立ち向かう覚悟が。」
近藤は息を呑む。精神力と忍耐力には自身があったが、そんな自分の反応を見て、まだまだだなと苦い思いを噛み潰した。
彼の薄笑いには絶大な魅力がある。妖艶とでもいえばいいのか、艶かしい、危うげな独特の色っぽさが。
特にそれはが自嘲の時に見せる笑みのときほど、よく現れていた。
「それでも、きっと、俺たちは最後まであなたを護りきることはできないでしょう。潔く散る命など、儚いものだ。」
ああ、だから。
彼はこんなにも桜を嫌うのか。
「その、妙に的を得ているたとえは、自分たちが無力であると思い知らされるようで好きではないんですよ。」
――大丈夫だ。
こんなことを思っているとまた、や歳にしかられてしまうかもしれない。
が、どんなに言われても、どれだけ言われても、俺は昔からこの想いを曲げる気はない。
俺が必ず、彼らを生かす。
それは、彼らが俺の元に集まってくれたときに決めていた。
そのためであるなら、俺は桜でもかまわないのだから。
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まだ、恋ではないふたり。(20050423)
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