ベッドの枕元に置いてある緑色の目覚まし時計。
前はこれが鳴ろうが鳴るまいが決して起きたりなんてしなかった、
言ってみれば気持ちの面でセットしていた感じが大きい、この時計。
今はこれがとても大事な、大事なものになった。
笑顔につながる目覚まし時計
自分で初めて起きるようになった日は、お母さんに心底驚かれた。
廉が早起きなんて、雹でも降るんじゃないの?と笑われて、苦笑いするしかなかった。
自分でもおかしなことをやっていると思っている。
「・・・じ、じゃ、ロードワー、ク、行ってきま、す・・・」
ラフな短パンからジャージに履き替えて、走りやすいスポーツシューズに足を入れる。
まだ完全に日の出ていないこの時間帯に、ロードワークなんてことを始めようと思ったのにはわけがある。
クラスメートが、犬の散歩をするのに俺の家の近くを通ると知ったのはつい最近。
くん、という、やわらかい笑顔が印象的な、ひと。
俺なんかが話しかけたらきっと困るだろうと思っていたのに、くんは逆に俺によく話しかけてくれた。
たぶん・・・というか絶対、意識してのことじゃないと思う。
けど、そんなでも嬉しくて、俺は最近気付いたらくんを目で追っている。
そんなくんに、新聞配達のバイトをしている友達が、聞いたんだ。
あんなに朝早くになにをやってるのか、と。
どうやら彼は新聞配達の途中にくんを見かけて、それが気になったらしくて。
俺もついつい耳だけ傾けてくんの答えを待った。
「ああ、犬の散歩だよ。日が出てからじゃ暑いから、早めに行くんだ」
そういってくんは笑った。俺の好きなあのやわらかい笑顔だった。
日が出ていないこの時間帯、まして今の時期だと霧が掛かっていてひんやり気持ちイイ。
そんななか、軽く足慣らしをして走り出す。
しばらく行ったら公園があって、俺は絶対その中を通るんだ。
だって、そこの出口近くのベンチに、必ずくんが座っているから。
座って、つれている犬の腹を撫でたりして遊んでいる。
前を通ろうとしたら、くんは必ず俺に気付いて、話しかけてくれる。
だから俺も足を止めて、少しの間、話をするんだ。
「おはよ、三橋」
「お、おはよう・・・」
「今日も走ってんのか、こんなに朝早くから」
「う、ん。くん、も、散歩?」
「うん。人が少ないと楽でいいだろ?ちょっと寂しいけどな」
「・・・お、俺、」
「ん?ああ、野球がんばってるみたいだな。放課後グラウンドにいるの見てる」
見てる、だって。
そんな何気ないくんの一言で、とても嬉しくなれる俺って、やっぱり単純なのかな。
野球部を見てるって意味で、俺を見てるってわけじゃないけど、それでも嬉しい。
「がんばれよ、応援してるからな」
くんは俺と別れるとき必ずそれを言ってくれる。
毎日会ってるのに、別れ際は必ず。
そんなのがとても嬉しくて、嬉しくて。
練習は厳しくて、しんどいなって思うときもあるけど、
次の日の朝にまた、これが聞けるからガンバロウ、って思えるんだ。
決めたコースを走って、帰って自分の部屋で一息ついてもまだどきどきしてる。
このどきどきは、走ったからだけじゃないと思う。
くんのあの笑顔。
あれを思い出すだけで、俺、とても嬉しいんだ。
つまり俺の最近の早起きの理由は、くん。
くんに会って、話して、がんばれって言ってもらうため。
だから、俺、明日も早起きするから。
お前もつき合わせて悪いけど、がんばって鳴ってくれ、よ。
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アトガキ
乙女三橋・・・
三橋は心の中では言葉足らずな饒舌だといいと思うんですがどうですか。
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