これはあの感覚に似ていた。
幼いころ、俺は昆虫がとても好きで、暇なときはよく採集にいっていた。
小さくてかっこいい、そんな生き物が珍しくて大好きで可愛くて、だからたくさん自分のものにしたくて、捕まえて捕まえて気づいたときはみんな死んでいた。

とても悲しかったけれど、それと同時にどこかで「こんなもんか」とも思った。虫が死んだことに対してじゃなくて、悲しさを理解できない自分に、だ。
大好きなものが消えていったというのに、自分はこれっぽっちの感情しか持てないのかと。
そんな、感覚。

それはなぜだかとてもショックなできごとで、あれ以来だと思う。俺が、笑うこととか、泣くこととか、面倒くさいと思うようになったのは。
そして同時に、感情を動かすことができない自分がとても怖かった。





恋も知らない





クラスメイトと初めて寝てしまった。それは高1の秋のことで、それだけを聞いたなら、別に構わないじゃないか、と言われそうだけれど。相手はなんと男で。一般的なものがどうだとか、俺は解らないし興味も無いけど、それがいわゆる『普通じゃない』のは知っている。

寝た相手―――三上亮という男であるけれど、いろんな意味で有名な男だった。顔立ちは端整で、そういう方面でも騒がれていたし、なにより三上はサッカーが上手なのだ。俺はサッカーは詳しくないからよく知らないけど、中学のとき武蔵森が全国に行けたのは三上の力が大きかったと聞いた。
俺が三上を知ったのは、いとこが彼に世話になっているからだというのがきっかけだけれど、中2・中3と2年間も同じ教室で生活をしていたら、いやでも人となりというものは解ってくるものだ。

たぶん、三上は俺が中学のとき同じクラスだったなんて知らないだろう。それは高校でまた同じクラスになったとき、初対面であるかのように話しかけてきたことから明白だ。

もともと感情を表に出すのは得意じゃなくて。あんまり知らない人に干渉されるのも好きじゃない。だからいつも自分の机にうつぶせてウォークマンで周りの音を遮断する。
人っていうのは異端を嫌う生き物だ。人と深く関わるには自分の腹の中を見せてやらなきゃならない。それが俺にはどうしてもできなかった。小さな頃から少しずつ作ってきた心の垣根は、今はとっくに鉄格子のようだ。

でも、あいつは。三上は。そんな垣根を、まるで存在すらしていないかのように軽々乗り越えた。いや、もしかしたら、頑ななそれに穴さえ開けてくれたのかもしれない。


どうして三上は、俺なんかと寝ようと思ったのだろう。あいつなら、相手はいくらでもいるだろうに。
どうして俺は、あのとき拒まなかったんだろう。回された手を、振り払うことだって出来たのに。

体の奥にある、不確かなこのもやもやが、ひどく俺を焦らせて。とてもとても不安定な状態だった。それは、三上と話してるときや、一緒にいるときに大きくなって、いつも俺を泣きたい気持ちにさせた。
セックスはとても気持ちが良かった。きっと三上は今までにたくさん経験があったんだろう、俺の体に負担が掛からないように気遣ってくれているのがよく解った。でも、逆にそうされればされるほどなぜか苛立って、どうしようもなく不安だった。まるで、高いところにある一本の棒の上に目隠しで立たされているような不安定で曖昧な、恐怖。

三上が俺の中で果てたときは、なぜだかとても嬉しかった。彼が俺に欲情したという事実に安堵した。枕カバーからする三上のにおいが、とても俺を安心させた。でも、それでも。


「・・・?」
「帰る」
「・・・は?なんで」
「明日も学校だろ。それに三上に泊めてもらう理由もないし」


正体不明のもやもやは消えなくて、俺はまた泣きそうになったから、慌てて服を着ると三上の部屋をあとにした。携帯に三上からの着信が何度もあったけど、全部無視して電源を切った。
三上があんなに嬉しそうに笑うから。三上があんなに優しい声で俺の名前を呼ぶから。三上があんなに強く俺のことを抱きしめるから。俺は逃げることしかできない。


三上は怖い。
あの優しさが怖い。

俺の感情の揺れが、怖い。


今までこんなに不安定になったことなんてなかったのに。何かに対して執着したことなんてなかったのに。三上のことで一喜一憂して。でもそれが、そうやって感情が動かせることがとても大切に思えて。でも怖くて。
こんな自分は知らなかった。いままでこんなに感情の針が動いた経験がなくて、動かせるなにかに出逢ったことがなくて。

あれはなんだ?どうして三上はあんな目で俺を見る?恋ってなんだ?愛って?


怖いものから俺は逃げる。今までずっとそうしてきたじゃないか。
ウォークマンはどこへいった?いや、だめだ。これは三上とのつながりがありすぎる。なにか、意識を逸らせる物をまた考えなくちゃ。




怖いものから眼を逸らせばいい。耳を傾けなければいい。




だから俺は逃げるんだ。三上の前から。













*postscript
いままで特に感情が動いたことがないので、いざ動いてみるとそれがとても自分の手に負えない大きなモノだと気づいた主人公。いままでずっと逃げていたから今回も逃げればいい、と思っているけど、実はもうとっくに囚われてたりして…! 補足の必要なお話ってのは未熟な証ですね、精進します…。 書 き な お す か も … !

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