目が追うのは、憧れてる証拠なのだと、本当はもうとっくに気付いているのに。
それでも認めてしまえないのは自分が男で、彼も男だからと解っているから。
自分勝手な欲望で、彼を巻き込んではいけない、ということも。
―――そして、そんなもっともらしい理由をつけて、本当は逃げているから。
相互不理解
放課後に担任のもとへ日誌を届けに行く途中、1階のグラウンドに面した廊下から見えた彼の姿に、思わず足を止めた。
一心不乱にボールを追う彼は、その場にいる誰よりも輝いて見えた。
サッカーのことなんてまるで知らない自分でさえそう思うのだから、きっとサッカーを知る人間から見れば、より目を惹く存在なのは間違いないのだろう。
「また見てんの?飽きひんなー自分も」
「・・・シゲか」
近くの窓ががらりと開いて、顔を出したのは佐藤成樹。
佐藤は少し前、屋上でサボりを発見されてから、なぜか話すようになったいわゆるサボり仲間。学年は下だったが、聞いてみれば年齢は一緒だというので、そのままため口を許している。
「いいのか、練習中だろ?」
「自主休憩や。俺みたいなオトコマエにスポコンは似合わへんやろ?」
「・・・言ってろ」
グラウンド横の廊下とはいえ、気にして見ていたわけでもなければなかなか目に付かない場所。それなのに、ここを歩いていてこの男に見つけられたのは今日を入れてもう5回を超えた。目ざとい男だ、と思う。
そして、唯一俺の想い人(なんていうと大層に聞こえるが)を知っている人物だ。
いつもの屋上でのサボタージュの途中、体育をしていた彼を見ていて、そのままばれた。特に言うつもりもなかったのだが、別に隠しているわけでもないので、否定はしなかった。
だから尚更、目ざとい男だと思った。
「そぅそ、前から聞きたかってんけど・・・なんで風祭なん?」
「・・・なんで―――って言われてもな・・・」
「学年もちゃうし、男やし。ルックスやって悪くはないけど、そう見栄えする方やないのに」
理屈じゃないのだ、と言えればどんなにか良かっただろう。
だって、それは俺のほうがしたい質問なのだから。
もし。彼が制服を着て、普通の学生として立っていたら、俺だって彼という存在を意識しなかっただろう。すれ違ったって視線を向けることもなく、きっと名前を知ることもなかった。
だけど彼の、真剣な眼を見てしまったから。
サッカーに対する真摯な思いに、気付いてしまったから。
―――サッカーをしている彼に、惹かれてしまったから。
「年下の、それも男に・・・な。バカみたいだろ」
「いや別に、そうは言ってへんけど・・・」
「まぁいい。練習中だろ、行けよ。俺も行かないと」
「あっ―――ちょぉ聞いてもええ?」
あんまり、この話はしたくない。特に、この男の前では。
だって。この男の、すべてを見透かしていそうな眼は、怖かった。
1歩、2歩と歩き出して、顔だけ振り向くと、シゲの顔を見つめた。
「告白は、せぇへんの?」
「―――受け入れてもらえるとは到底思えないからな」
「フられんのが怖いんか」
「それもあるけど、俺の想いだけで風祭に迷惑かけるのもどうかと思うしな。もういいか?いいなら、行くけど―――ちゃんと練習しろよ、オトコマエ」
そういって、佐藤から視線を外して歩き出す。雰囲気で、後ろの男が笑ったのが解った。
「告白」について全然思ったことがないと言えば、嘘になる。
俺だって、告白して、つきあって、手を繋いで・・・なんて考えないわけじゃない。
相手が誰であろうと、抱えている想いは周囲の人間のものとそう大差ない『好き』なのだから。
けれど、考えて考えて。結局最後に行き着くのは、彼の・・・風祭の未来。
想いを告げてしまえば、『俺』は楽になるかも知れないが、少なからず『風祭』は動揺するだろう。
良いほうに意識してもらえれば良いが、悪いほうに意識して、嫌われたくはないし、ましてやその所為で調子を崩す、なんてことがあれば、俺はきっと自分のことも嫌いになる。
そして、御託を色々ならべて、自分の言い分を正当化させてはいるが。
本当はきっと、怖いのだ。
自分の存在を意識していない今なら、いくらでも彼を想っていられるが。
想いを周囲の人間へ匂わせるだけのことで、男である自分の好きになった対象が男というだけで、間違いなく好奇と嫌悪の目で見られるだろう、ということが。
だが。やはり自分に気付いてもらいたい、という自己主張の気持ちももちろんあるわけで。ループし続ける思いに悩み続けている。
□■□■□
「―――シゲさん、あの人と仲良いんですか・・・?」
に言われたとおり練習に戻ると、案の定水野からの説教が待っていた。
いつも通りの反省している振り、で一通り聞き流して、練習を再開すると、珍しく風祭から話しかけてきた。
それも、まるで俺たちの話を聞いていたかのようなほどタイムリーなの話題。驚くなというほうが難しい。
もしかして、がなにかしらのモーションでも掛けていたのかと思ったが、さっきの自身の言動と、あいつの性格からしてそれはないな、と思い直す。
「なに、カザ。と知り合いなん?」
「あ、いえ・・・知り合いっていうか・・・僕が一方的に知ってるだけで」
もともと人の名前や顔を覚えるのは苦手な風祭が、他人に興味を示すのは珍しい。
―――よく見ると、風祭の頬が少しだけ赤いのに気がつく。練習して上気しているのとは少し違う赤さだ。
あいつのために橋渡ししてやろう、などとはこれっぽっちも思っていなかったが、一度もしかして・・・と思ってしまうと元々人一倍多い好奇心が疼いて止められない。さらに風祭の新鮮な反応がそれに追い討ちをかけた。
「なんや珍し反応やなぁ―――好きなんか?」
本当はカマをかけるだけのはずだった。なのに、口にした途端、風祭の頬だけだった赤みが顔全体に広がる。
―――嘘吐けへんやっちゃな、とあまりにも初心な反応に思わず苦笑いがこぼれた。
「いえっ!あの・・・スキって言うか、あの・・・その・・・・・・はい・・・」
思っても見なかった質問に狼狽え、なんとか誤魔化そうとしたが、いい言い訳が見つからなくて、どうしようもないから観念した・・・そんなところだろうか。
どっちみち嘘はつけないのだ、懸命な判断とその潔さに思わず笑ってしまう。
「へぇ。カザがあいつを好き・・・ねぇ」
好き、という単語を口にすればするほど、自分の想いに自覚していくのか、顔の赤みがどんどん増していく。
それが面白くて、ついつい余計な手出しまでしてしまう自分に呆れずにはいられなかったが、この質問だけはしておきたかった。
「告白は?考えてへんの?」
「!―――告白なんて、僕にされても迷惑なだけですよ・・・だから、しません」
え、それって―――あいつと同じ答え、と驚いて口にしようとしたところで、水野の怒声がとんだ。
弾かれるように慌てて駆け出す風祭の背中を見て、苦笑する。
お互いのことを解りすぎるくらい解っているのに。相手のことを想いすぎるあまり、告白に踏み切れない、というところだろうか。
「―――相互不理解っちゅうやっちゃな」
もっとも、片方の男は、それだけが理由ではないようではあったが。
まったく手の掛かるヤツらやな、と口にしようとしたが、当分面白い日々が送れそうで。まぁええか、と思い直して笑った。
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*postscript
拍手用に書いたのを加筆して修正しました
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