あいつを見ていると、苦しくなる。
腹の上のあたりが、ぎゅっと絞られるように引きつる。
だったら見なければいいと、思うけど。
あいつの姿が見えないと、どこか苛々して落ち着かなくなる。
なにか、がとてつもなく不安で、堪らなくなる。
こんな症状、知らない。聞いたこともない。
俺は、とてつもなく重い、病気なのかもしれない。
恋愛マニュアル
いつからだろう。
気づいたらいつも目が追っている。
あいつ―――とは高校生になってはじめて、同じクラスになった。
はじめての席替えで隣になったことがきっかけで、俺はあいつの存在を知った。本人から聞いたところによると、中学も武蔵森で外部受験ではないらしい。もしかしたら、どこかで見かけたことがあるかもしれないが、まったくといっていいほどという人物の記憶はなかった。
席が隣にならなかったら、確実に俺はこいつと話さないまま一生を終えたかもしれないし、もしかしたら存在の認識すらしなかったかもしれない。
いつも机にうつぶせて、ウォークマンで音楽を聴いている。話をしたきっかけは―――偶然だった。俺がずっと探し回っていた、洋楽のCD。それを、は持っていた。ただ、それだけのこと。
でも、CDが手に入ったことより、自分の好きなものをも好きだということが何より俺を昂揚させた。が俺の好きなCDを持っているということ―――つまり、自分と同じ空間を共有している人間がそばにいるということが、とても嬉しかったのだ。
だからと言って、俺らの間にある遠くはないが決して近いわけでもない、この、微妙な距離感は縮まらなかった。けれど別に不自由は感じなかった。は友人がそう多いほうではなく、またそれを心地悪く思うわけでもないのだろう。多くの時間を自分の席で過ごしていた。―――そう、俺の隣で、だ。
だからか、珍しくのそばに誰かがいるときは、それは無性に俺を焦らせた。ひどく胸の奥が熱く、痛くなって、とにかく苛々が止まらないほどに。
けれど、それはとても充実した日々で、今まで俺が生きてきた日々とは違っていた。何が、どう、違うのかと。説明を求められたところでそれができるほど俺自身この不明確な感情を理解できていないけれど。だけど、確かに。がいた日々と、それ以前の日々とでは気の持ちようが違っていた・・・と思えるのだから。
あれは、なにがきっかけだっただろうか。確か、あいつの欲しがっているCDを俺が偶然手に入れたとか、そんなことだったと思う。あからさまに表情には出てこそいなかったが、眼が喜色にゆらめいたのが解った。そんな些細が変化も、やっと最近になって読み取れるようになったのだけれども。
はじめて、学校以外の場所でと会った。自分では気づいていなかったけれど、実際のところ俺は嬉しかったのかもしれない。が自分の領域から出て、俺のテリトリーのなかへと踏み込んできてくれたようで。
だから、勘違いしたんだ。あいつも、俺に好意を持っているのだと。
シャツに手を掛け、肌に直接手を這わしても、は異を唱えなかった。それどころか、あの黒目がちの色っぽい眼で誘うように見つめてきたから。だから、俺は。
―――俺は、を抱いた。いままで寝てきた女とは、違う。すべてが俺のために存在するかのようにぴったりと波長があう。初めてだった。こんなに、セックスが気持ちのいいものだと感じたのは。とのものに比べれば、今までしてきたセックスはすべて性欲処理以外のもののなにものでもないと、言い切れるほどに。
・・・・・・だから、俺は。勘違いしてしまったんだ。
は俺の手の中で、俺はの中でほぼ同時に果て、2人分の吐息が穏やかなものになったころ。余韻に浸っていた俺は、隣でもぞりとが身じろいだことで覚醒した。俺は、確かに幸せを感じていた。―――そして、も同じように思ってくれていると、勝手に思い込んで、いた。
さっき俺が脱がした衣服を、慣れた手つきで手早く着込むに、俺はひとつの疑念を抱いた。
「・・・?」
「帰る」
「・・・は?なんで」
「明日も学校だろ。それに三上に泊めてもらう理由もないし」
泊まって行けよ、と続けようとする俺の言葉を遮るように、は静かにことばを続けた。
その眼にはなにも映っていない。ただ、目の前に俺がいるから、視界に入れているだけのこと。
まさか。まるで。
それは、その眼差しは、溜まっていたものを吐き出すだけの行為になんの意味があると。お前との間に愛情なんてものが存在するはずがないと――――突きつけられているようで。
まさか。まさか。まさか。
目の前で、静かにドアが閉まった。
―――どこで切るカードを間違ったのか。ぼやけた頭ではなにも考えられやしなかった。
俺は、あいつのことをひとりの恋愛対象としてみていたのに、の中ではそうではなかっただけのこと。それは解っているけど。ただ、言い様のない焦燥感だけが、俺を掻き立てた。
ただ、思うのは。こいつはは。どんな人間とも違う、ということ。
だって、こいつは、俺のことなんて見ちゃいない。俺のことなんて解っちゃいない。
どうすれば、見てくれる。どうすれば俺のことを解ってくれる。どうすれば。どうすれば。
なにをすれば喜んでくれる?
どんな言葉で笑ってくれる?
どうすれば、俺を意識してくれる?
女を喜ばせることばならいくらでも思いつくのに。に与えたいことばだけが、どうしても出てこない。に与えられたいことばだけが、どうしても引き出せない。
恋愛にも教科書が、あったなら。
いつでも最前の方法で、あいつを、を喜ばせることが出来ただろうに。
認めたくはないけど、いま、俺の中は。
お前のことでいっぱいなんだよ。
なあ、、
笑って好きだと伝えることができたなら、俺たちは何か変わっていただろうか?
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*postscript
三上単体って初めて書くかもしれない…新鮮なカンジ(それもどうかと思うけど)
私の中の三上ってヘタレでプレッシャーに割と弱い(胃痛持ちだと尚良い)苦労性だから、こんな人じゃないけど、ちょっと背伸びさせてみました。体はおとなだけど、精神はコドモっていう攻めが好きです。
image song:Yellow Moon【Akeboshi】
background:NATURE+0
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