ずっとずっと、おそれていたことがあった。
それは彼が、いつか、自分よりも夢中になれるものを見つけて、ここから去って行ってしまうのでは、ということ。
彼にはたくさんの仲間がいて、誰もが彼を必要としていて。
そんななんでも持っている彼が、自分のそばから離れていく日はそう遠くもない、ということも、実はとっくに解っていたのだけど。
口に出すといっそうその日が早く来てしまいそうで、怖くて、だから。平然を装って、なんでもない振りをしていたのだ。
本当はずっと、言いたかったことがあったのに。
You are all of me.
いつもと変わらない日々だった。退屈なほど時間はゆっくりと過ぎていたし、いつもつるんでいた仲間達はいつの間にやら疎遠になって、今では会うことのほうが珍しい。
それもこれも、彼がいなくなってからだ。彼がいたころは、いつもなにかしら騒動が起きていたし、そんな騒がしい時間が僕にとっては嫌じゃなかった。静かな空間にどっぷりと浸かって抜け出せなくなった人間にとって、彼は憧れだったからだ。
僕より2つ年上の彼は、とても大人だった。年齢的なものも勿論だけれど、それだけではなく、精神的にもとても大人にみえた。彼に話しかけられることがとても嬉しくて、些細なきっかけを作ってはよく彼に近づいた。
喧嘩だって、煙草だって、酒だってやった。ときには仲間と一緒になって犯罪まがいのことだってやった。そのころはそれがとても無性に楽しかったから。
でもそんなことが楽しかったわけじゃないと気がついたのは、愚かにも彼がいなくなってからだった。万引きや恐喝が楽しかったわけじゃなかった。ただ、やれば彼が笑ってくれたから、その笑顔が見たくてやっていただけ。
彼と一緒に、なにかをすることが、僕の気持ちをいっそう昂ぶらせていたのだということを、あの頃の僕は気づけなかった。
ただひたすら、彼といられる日々が楽しくて、ばかみたいにはしゃいでいた。
ここに足を運ぶのも久しぶりだった。
たまり場だった渡り廊下のかげ。しゃがみこんで見上げれば、あの頃と変わらず真っ青な空が広がっている。
かすかに音が聞こえる。バッシュの擦れる音や、ドリブルの音、そして―――歓声。
かつては一緒にここで喋くっていた彼も、いまはあの歓声の渦中にいる。
そう考えると、胸がひどくざわついた。なぜかとても不安で、堪らない。まるで、自分ひとりが置いてけぼりにされたような、そんな。
「はっはっはミッチー、今日の3Pシュートは良かったぞ!」
「・・・お前なぁ、仮にも俺は先輩だぞ?」
「この天才桜木が認めるんだ、キミの腕は確かなものだよ!」
「へーへーどうもアリガトウゴザイマス。・・・あれ?」
「どうしたミッチー?」
「お前、じゃないか?久しぶりだな、何やってんだ?こんなとこで」
バスケットが嫌いだ。僕から彼を取り上げていったから。
彼の大きなてのひらは、ボールをもつのにひどく相応しく、それがまた僕の心をかき乱す。
体育館から盗み見た、ボールを持ち、コートを走る彼のその姿はとても輝いていて。無性に苛立った。
だから久しぶりに彼に話しかけられても、返事なんて出来なくて。名前を呼ばれたから、余計に無性に切なくて。
僕は黙って彼に背を向けてその場から走って離れることしかできなかった。
「あ、おい!!?」
「はっはっは!ミッチーも振られることあるんだな」
「振ら・・・っ!?ばかやろう!」
「ちがうのか?あんだけ派手に無視されといて」
「ぐっ・・・!」
後ろから聞こえる声は何も変わっていなかった。
優しくて、真っ直ぐで、時には子供のようでもあり、強い男でもある、憧れだったひと。
でも、彼は変わっている。どんどん進化を続けている。
地べたにしゃがみこんで血なまぐさい毎日を送っていた頃とは違うのだ。
だって、今の彼はこんなにもまぶしい。
僕と彼は、こんなにも遠い。
バスケットが嫌いだ。
そして。
バスケットだけに夢中なあなたが、僕は、とても嫌い。
―――僕から彼を、取らないで。
僕にはあなただけがすべてなのだから。
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*postscript
それが子供じみた独占欲だと、わかっているのだけど。(060513)
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