血なんて日常茶飯事に見る職場で、血が苦手になったのは、あいつがまるで香水のようにその臭いを体に纏わりつかせているから。
今では目で血の赤を見るだけでも思い出す。

あいつのにおい、あいつの声、あいつの―――体温までも。



酔い惑う



畳に組み敷かれ、肩口を押さえつけられてしまっては、どれだけ自分の腕に自身があろうとも身動きひとつ取れない。
ただ、圧し掛かる人物を唇を噛み締めて睨めつけることが、唯一自分に残された抵抗だった。

それをしてしまうと一層相手の激情を煽ってしまうのが解っていても、自分に理性が残されているうちは、それだけを砦にして向き合うしかないのだ。

この年下の、まだ少年といってもいい年頃の男に剣を教えたのは自分。
とはいうものの、彼は天賦の才ともいえるものを持ち合わせており、すぐに自分など必要なくなった。

本当の、弟のように思っていたのだ。なのに。

腕力で負けたのがきっと、運の尽きだったのだろう。
それ以来ずっと。
俺は。
―――この男に抱かれ続けている。

腕力につづき、剣の腕前も、戦士としての能力も、今では全て劣っている。かろうじて身長だけはまだ自分のが上ではあるが、それすら超えられるのも、きっと時間の問題だろう。

「今日はもう抵抗しねぇんですかィ、サン」

人を食ったような目つきで悠々と俺を見下ろすこの少年は、今では隊長としての任を任されるほどの腕前に育った。
初めて見た沖田は、ただ純粋に可愛い子供であったのに。


彼が少し動くだけでふわり、と血の臭いが鼻をつく。

それだけで、自分は、彼についての全てをフラッシュバックさせることができる。

「アンタも素直じゃねぇなァ」

自分の上で、沖田が笑う。
ただひとつ解せないのは、いつも彼は何かに耐えるかのように、苦しそうに笑う。もともと強姦で始まった関係だ、今さら我慢も何もないだろう、と思うのだけど。

弱いところを握られ、上擦った声が漏れても決して承諾の言葉など与えてはやらない。

決してこれは、受け入れているわけではないのだと。
俺の苦痛と忍耐の上に成り立っている関係なのだと。

お前なんて、好きではないのだと。


こうすれば。沖田はずっと俺だけを追うだろう。振り向かせたくて躍起になってはいるが、きっと自分のものになるとあいつはすぐに俺を捨てるのだ。飽きたおもちゃのように。


どんなに近くで、誰よりも近くでこの臭いに酔っても。一生自分は、この臭いに慣れることなどない―――きっと。


ただ、ひとつ言えるのは。
俺は血に酔うのでも、血の臭いに酔うのでもなく。

沖田総悟、という一人の少年に、少年の匂いに酔っているのだと思う自分は。

完全に、堕ちている。







*postscript
拍手用に書いたのを加筆して修正しました

background:朱萌