「君の居場所はここにしかないよ」


縛り付けることがあの頃、幼かった僕の唯一の愛情の示し方。

「幼さ」、なんて言葉で逃げて、片付けてしまうつもりはないけれど、それでも他の道を進む術を知らなかった僕に唯一残されたささやかな罰が。この。異常ともいえるほどの想いであることは、僕だけが知っている罪なのだ。




 跡(キズアト)






赤月帝国を打ち破った英雄は僕であると、名乗ったことなど一度もなかった。
それは別に謙遜でもなんでもなくて。ただ、その行為が正しいことなのだと、今までに一度も思ったことがないからだ。ましてや自分が正義であるなんて誰が思うものか。

だが他人は僕を英雄と呼び、勇者と持ち上げ、次王と讃えた。

―――誰が望んだ? 誰が求めた? 誰が願った?・・・そんなのは全部なにも知らない人間の言うことだ。

お前に解るか?ただ慕う父を倒さなければならないということが。剣を教わったひとに剣を向けなければいけないということが。自分のために立ち上がった仲間を踏み台にして生きていくということが。―――それが、どんなに愚かな行為なのか、が。お前に解るというのか!
ただこれを僕は『不幸』だとは呼ばない。これを不幸なのだと認めてしまえば、『君』の存在を否定してしまうことになるから。


戦いも半ばの頃・・・あとから見て言うなら、全盛の頃、になる。
君は現れた。白に近い灰色のマントを翻し、眩しく光る銀色の大鎌を背負って。その姿はまるで舞を舞うかのように優雅で美麗だった。そして言うんだ、あのよく通る声でもう何度目になるか解らないであろう言葉を。


『俺の名は。初めまして、さま』


時代を変え、主人が変わっても、開口一番に発する台詞だけは変わらない。
それは最近、自分の次に選ばれた『審判を受ける者』を見て気付いたことだけど。

ひとは彼を『瑠璃色の審判者』と呼んだ。なるほど、確かに鮮やかな色をしたその髪と眼はその呼称に相応しい輝きを持っている。『審判者』、というのがその頃の僕にはなにを表すことなのか知りもしなかったけど。彼の存在はとても素敵で、ただただ彼に憧れ、惹かれた。

用はなくとも彼の部屋を訪ね、彼とつるんでは街や森へ繰り出し、彼と一緒に成長した。
勝利の喜びを彼と分かち合い、やり切れない思いは彼へと打ち明け、浄化させた。

いつしか彼は、自分にとってなくてはならない存在になりつつあることを薄々ではあるが気付き始めた頃。

いまだ「審判者」の存在については解らなかった―――否、教えてもらえなかったが。彼がひとつところに留まっている人間ではないのだということだけは教えられた。戦いが終わってしまえば、は僕から離れて行き。新しく築き上げるために一度すべてを滅ぼしてしまわなければならない僕は。今度こそ、完全に。
―――独りぼっちになってしまうのだと、理解した。

だから、だ。若かったことが、無知であったことが免罪符になるなんて思っていない。だって僕は、このささやかな罰など、受け入れる覚悟は疾うに出来ているのだから。


「ねえ、。僕はこの戦いがずっと終わらなければいいと思ってるんだ」
「・・・どうして?」


満月、だった。僕がに本音を少しだけ、打ち明けたのは。
馬鹿げたことを言っているのは解っている。だけどはそんな僕を怒鳴るでもなく嘲笑うでもなく、ただ、静かに問い返した。


「だって。そうすればずっとみんな一緒にいられるだろう?」
「―――うん。だけど、それはできないことだって、解ってるんだよね、?」
「解ってる。・・・だけど願わずにはいられないんだ、君の居場所は僕の隣であることを」


息を呑んだのはだった。
だって僕は知っていたから。が僕に友情以上の想いを抱いていることを。
それを知っていて、わざと知らないふりをしてきた。別にに想われていたことが迷惑だったとかそんなんじゃなく、ただ駆け引きを楽しみたかっただけ。『恋』というものを思う存分に堪能してみたかった。

・・・『恋』をしている間だけは、僕も普通の15歳の少年であると思えたから。



【審判者は、審判を受ける人物に特別な想いを抱いてはならない】

審判者には守らなければならない制約がいくつかあり、その中のひとつがこれだった。
誓いを破れば、自分にも僕にも罰が下るのだと、は泣きながら告げた。

君のまわりに立て続けに不幸ともとれる災難が起きたのは、すべて自分の所為であると。
自分が、誓いを破ってしまったがために、僕の人生を変えてしまったのだと。

『俺が、君を愛してしまったから』

声を荒げるでもなく、嗚咽を堪えるでもなく、ただただ眼から透明な水を流しながら、君は一言、そう呟いた。
そんな真実を聞かされても、僕はなんとも思わなかった。麻痺は―――していたかもしれない、精神的に。だって信頼していた父親を自分の手で殺し、子供の頃から面倒を見てくれた親代わりの仲間を亡くして、限界だった。
だけど、驚かなかったのは、麻痺していた所為じゃない。僕がを愛したことに対して後悔なんてしていないからだ。


君は僕を愛したことを、君は悔やんでいた。
だけど知っていた?気付いている?―――そうなるように仕向けたのは、僕自身であるということを。

『君の居場所はここにしかないよ』
『僕がいるから、君はなにも心配することはない』

追い詰めてしまったのは、君が僕以外の人間のところに行ってしまわないように。君が、僕以外を求めてしまわないように。それをすることは罪なのだと言い聞かせ、それを破ると罰が下ると意識に刷り込み、君を救えるのは僕だけなのだと、教えた。

僕は狡い。そして(きた)ない。

だから。
だから君が必要なんだ。


君と―――といる間だけは、自分の醜さを忘れることができるから。

僕は君を愛している。そしてそれを後悔などしない。
あの『恋』をしている間は、本当に夢のようだった。


は僕に下された罰が『不幸への道程』だと言い、自分自身に下された罰が『その道を歩む僕を止めることが出来ない権利』なのだと言った。
だが、僕は知っている。
本当に、僕たちに下された罰と言うのが。

『お互い』に『結ばれないまま生きなければならない現実』

・・・であるということを。


どこからが間違った道であるかなんて、いまさら何の意味も持たないのだけど。
考えずにはいられなかったんだ。
『不幸』だなんて言わないけれど。『幸せ』であったとも思えない。


ただと2人で。
『幸せ』に『生きて』みたかった。


ただ、それだけが、僕の望むもの。













background:Sky Ruins