「どうしてアンタがここにいるの」


久しぶりに会った、弟のような少年は少し不機嫌そうな顔でそう言った。







Buona fortuna!

Capitolo 1.






「久しぶりだね、ルック。レックナート様の命令でここに来たんだ」
「厄介払いか」
「そうそう、君と一緒だよ」
「・・・・・・」


そう言ってニッコリ微笑むと、彼は口をつぐんでふいと後ろを向いた。
少し意地悪が過ぎたかな、と苦笑いをひとつして、何がなんだか解らないというような、キョトンとした顔でこちらを見ている赤い服の少年に目を向けた。


「俺の名前は。初めまして、さま。レックナート様の弟子です、一応。レックナート様からあなたを・・・・・・護るように仰せつかってこちらに来ました。もし不都合がなければ、俺を仲間に加えていただけますか?」


片膝をついて深く頭を下げる。
はそんな俺の仕草に少し驚いたようだったが、すぐに破顔して右手を差し出した。


「不都合なんて・・・仲間になっていただけますか?」


「ええ」、と言って笑うとは照れくさそうに笑った。

―――ああ、この子はきっと、運命を変える。

ふと、そんな想いが頭を過ぎった。俺の直感は良くも悪くも当たることが多い。
そして直感だけではなく、あの扱いづらいルックが、文句も言わず彼に従っているところを見ると、この少年はきっとただ者ではないのだろう。


「久しぶり――【瑠璃色の審判者】?」


・・・懐かしい呼び名だ。もう今はその名で呼ばれることはあまりない。
少し低めな、それでもまだ若い少年の声でそう呼ばれ、声がしたほうを見ると知った顔があることに気づく。


「・・・誰かと思えば、【英雄】殿―――まさか君も?」
「まあね。それにしても君が来るなんて・・・いや・・・当然といえば、当然のことなんだろうけど」


きっとその言葉の先に続くであろう、君がこの場に来るということは、という言葉を飲み込んで、代わりに少年は頷いた。

少年の名は、・マクドール。
先の戦いで解放軍を率いて赤月帝国を打ち破り、現在のトラン共和国を創りあげた立役者である。
だが、トランの大統領の職を譲って、どこかへ旅に出たと聞いていた。

―――まさかここで、再開できようとは。

彼はあの時と同じ、ぼろぼろになった服をまとい、バンダナをなびかせ、棍を握って立っていた。
声も、背丈も、立ち姿も。

なにも変わってはいない、あの時のままで。





+++

今度の城は湖のほとりに立っていた。
昔は普通の街だったらしいが、ある人物によって壊滅してしまったのだと聞いた。

ルックの部屋のとなりに部屋を与えてもらい、(実のところ断ったのだが、半ば強引に部屋を与えられた、というところか)中に入ってベッドに腰を下ろし、左手の手袋をそっとはずした。

そこには天秤と大鎌を象った紋章が宿されている。その紋章の名は―――【審判の紋章】。

その紋章を目を眇めて見つめていると、静かにドアがノックされた。


です。入っても・・・いいですか?」


ドア越しでも緊張が伝わってくるかのようなその声に、思わず笑い声を零して、静かにドアを開けてあげた。


「―――どうぞ?」
「ありがとうございます。あの・・・さん?・・・さんは、さんとルックとはお知り合いなんですか?」


彼を部屋に通すと、いきなり問われて少し目を見開く。
それでも、その必死なさまがとても可愛らしく思えて、素直にその問いに答えた。


「・・・ええ、先の戦いのことはご存知ですよね?そのとき一緒に腕を揮いました」
「そう、だったんですか・・・」
「はい。ですから、安心して俺を使ってくださって結構ですよ。腕もそれなりですが、一応立ちますし」
「そ、そういうわけじゃなくて・・・ただ、みんな仲がいいみたいだったから・・・さんやルックが、あんなに話してるとこなんて、初めてみたから」
「ああいうのは、くされ縁と言うんですよ・・・それで、さま?ひとつお願いがあるんですが」
「なんでしょうか?僕に聞けることがあれば何でも」


素直な人だ。柔らかそうな茶色の髪がふわりと揺れた。
そこにはもう先ほどの不安げな表情はない。

彼はなにかに恐れているようだ。
それはすぐ見てとれたが、そのなにかがなんなのかはまだ解らない。


「俺のことは呼び捨てで呼んでください。敬語もやめていただきたい。俺はあなたに使われる立場なんですから」
「―――え、でも、さんは僕より年上だし・・・」
「いいんです。だってルックだって俺のことは呼び捨てです。俺はあなたを護る。護りたいので、ここにいます。その、身分の違いをはっきりさせておかなくては」


半ば、自分に言い聞かせるように喋った。二度と同じあやまちは繰り返したくない。
俺はもう傷つきたくはないし、なにより自分のせいで傷つく人がいるのが辛いから。


「・・・わかりました。敬語は使わないよう努力します。でも、敬称は慣れるまで使っていていいですか?僕は人を呼び捨てにするのがどうも苦手なんです」
「・・・・・・さまのお好きなように」
さん。僕からもお願いがある・・・んだけど」
「・・・なんでしょう?」
「僕のことも呼び捨てで呼んでくれる?・・・僕はそんなに凄い人間じゃないから、どうにも慣れなくて。それから敬語もやめてくれると嬉しい」


それでは、俺の言ったことの意味がないでしょう、と思ったが、口には出さずにいた。
あまりにも彼が真剣だったから。


「・・・それでは、お互い慣れるまで、ということでどうですか?」
「うん!」


トントンとドアをたたく音がして、今度は誰かと小首をかしげながら、ドアを開けるとそこにはが立っていた。


、シュウが呼んでるよ」
「シュウさんが?わかりました、すぐ行きます。それじゃ、・・・さん、またあとで!」


一応、要望どおりにしようと呼び捨てで呼んではみたものの、やはりどこか慣れなくて結局、付け足すように敬称を続けた。
その様子がどこか愛らしくて、頬が少し緩んだ。


「・・・元気だろう、は?」
「ああ。それにとっても良い子のようだ。君が一緒にいる理由が解るな」


風のように走っていった少年の背中を見つめ、は微笑んだ。
がその様子をみて、少し悲しそうな笑みを浮かべる。


がここに来たってことはやっぱり・・・審判、なんだろうね?」
「・・・うん、まぁね・・・やっぱりわかる?」
の存在は公然の秘密みたいなものだからね。―――もっとも、あの頃の僕には解らなかったことではあるけど」
「審判を受ける人間には、審判のことを知られないようにするからね、当然といえば当然かな」
「・・・ということは、審判を受けるのは・・・か」


そんな悲しそうな顔をしないでほしい。


の紋章は【審判の紋章】。
その名前が表すとおり、人を審判し、必要とあれば裁きを与える紋章だ。
レックナートがここにを向かわせ、に「護る」と言った。

瞭然な見解だ。

は、を裁きにきた。


「・・・つらいのかい?」
「つらくないわけがないだろう?こんな呪われた紋章・・・」
「―――だろうね。それで、はどうなのかな。君の目から見て、さ」
「・・・まだ、俺にはなんとも言えない。ただ、彼は・・・強い子だ」
「そう・・・、公正な審判をするんだよ。間違っても自分の命と引き換えなんて考えちゃいけない」
「・・・・・・わかってる」


そんな価値のある命じゃないからね、と心の中で呟いて。

窓の外はすっかり暮れていた。
もともとの前に現れたのが夕方だったということもあったが、時間が経つのが早く思えた。

まるで、自分がこちらに来たことで闇を呼び寄せてしまったかのように―――。

は随分のあいだ黙っていたが、不意に「それじゃあね」と呟いて部屋を出て行った。


ああ、彼は何も変わっていない。
優しくて、強くて、そして弱い、大人のようで子どもな、あの彼だ。
友を失い、父を殺し、だんだんと心が闇に染まっていくのを黙って見つめることしかできなかった頃の、彼。

小さな頃にレックナート様からこの紋章を宿してもらい、それと同時に教えられたこと。


審判者は、審判を受ける人物に審判のことを伝えてはならない。
審判者は、審判を受ける人物に特別な想いを抱いてはならない。
審判者は、審判には公正な判断を要し、決して見誤ることがあってはならない。


この中のどれかひとつでも破ってしまえば、自分と審判を受けるものに裁きが下ると付け添えて。











 





* postscript
読みきりにするために書いたので、詰め込みすぎました。前編です。
解らないところがありましたら申し訳ないです。デフォルト名は神様の名前。
人を愛するという、その愛し方が解らず、後先のことを考えず愛してしまったがために、愚かな結末を迎えた月の神からとりました。

background:Sky Ruins